目の前で困っている人を見たらほっとけなくて、
言葉は時に下品で野暮で、その親切は時に押しつけがましくて、ありがた迷惑な時だってあるけれど。
自分の人生を精いっぱい生きて、パワフルな有り余るパワーで周りにも思うままに自分勝手にどこまでも暖かく親切とやさしさを投げ出して振りまいて。
でもそれは確実に中国を見えないところで支えていて、平凡でおせっかいなおばちゃんたちこそが中国社会を動かして支えていた。
中国という国が元気だったのは、おばちゃんたちのはじける笑顔と大きな声と、純粋に衝動的に人を心配したり助けたりするプラスなエネルギーによるものだったと思う。
中国に行かなかったら。
ビジネスとか、SNSとかそういう表面的なものだけで中国と関わってたらそういうおばちゃんたちのことを簡単に忘れてしまうんだ。
彼女たちはビジネスの表舞台にも出てこないし、SNSにも出てこないから。
でも、彼女たちは確かに中国社会のいたるところにいて、そして今日も大きな声でおしゃべりしながら、日々一生懸命愉快に暮らしてる。
たくさんの人にやさしさとおせっかいをばらまきながら。
そして、蘇州で包丁を持った犯人に飛び込んでいったおばちゃんもきっと、そういう風に暮らしていたはずなのだ。
名もなき中国のおばちゃんたち。
長いこと忘れてしまっていた存在を記憶の底から掘り返されて、少しの間涙が止まらなかった。
英雄なんかにならなくてもいい。
彼女に明日も明後日もその次の日もあってほしかった。
https://note.com/awokozaizheli/n/n56227f5cbc9f